アンタルヤ県にある「リュキア連盟」遺跡をご紹介!~その1~

公開日 2021年10月9日 最終更新日 2021年10月15日

アンタルヤ県には、数多くの遺跡と博物館があって、ターコイズコーストのリゾートとあわせて遺跡巡りもできるのが、ここアンタルヤの最大の魅力。遺跡の多くは紀元前7世紀頃から繁栄したリュキア連盟国の小都市で、保存状態が良いものが多い。リュキア連盟は、小さな都市が集まって民主主義の政を行っていた素晴らしい国で、遺跡好きの私としては「こんな有名じゃない遺跡」として見逃すことはできない。その遺跡のすべてを書き連ねるのはちょっと難しいので、主だったものだけを集めてみた。リュキアの古代都市シリーズ1回目の今回は、その中でも見逃さないほうがいい有名な遺跡である、ペルゲ、アスペンドス、シデ、テルメッソスの4遺跡をまとめてみた。

使徒パウロも長く滞在した古代都市ペルゲ

ペルゲ(Perge Ören Yeri)の遺跡は、アンタルヤ市内の路面電車(AntRay)とタクシーで気軽に行ける遺跡なので、アンタルヤ観光にちょうどいい。聖パウロがアンタルヤで布教活動をした際、ここペルゲに長期滞在したことで知られている。

ペルゲの歴史

ペルゲ遺跡/アンタルヤ・トルコ

ペルゲは紀元前5000年頃に造られた町で、古代に栄えた国パンフィリア国の最も重要な町であった。ペルゲはヒッタイトの粘土板では「パルハ(Parha)」として登場する。聖パウロがペルゲに長期滞在したとされるのは、1~2世紀頃のことで、その頃のペルゲは最盛期を迎えていたようだ。現在残っている保存状態の良い建物は、ほとんどがこの頃のものなのだそう。8世紀の終盤、アラブ人の侵攻によってこの町は破壊され、ペルゲの歴史が再興されることはなかった。丘の上にあったとされるアルテミス神殿は未だ発見されていない。

ペルゲ遺跡のハイライト

ペルゲ遺跡の競技場/アンタルヤ・トルコ

ペルゲ遺跡で比較的保存状態が良いのが、劇場と競技場。劇場は、1世紀頃に建てられたもので、15,000人ほど収容が可能らしい。ここで発掘されたレリーフの数々は、アンタルヤ博物館が所蔵・展示している。

劇場

劇場のアーチが美しいことで知られる。また、アリーナには、いくつかの店が並んでいたようだ。他にも、ローマ帝国時代の門、列柱通り、浴場、ネクロポリス等、見どころはたくさんあるペルゲの遺跡。

列柱通り

ペルゲ遺跡は、列柱がずらり並ぶ二つの大通り跡も残っている。アンタルヤ博物館には、ペルゲ遺跡で発掘された彫像や石棺等が展示されているので、遺跡好きならあわせて訪ねておきたい。

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世界一保存状態の良いローマ劇場・アスペンドス

オペラが好きな人なら知らない人はいない、アスペンドス((Aspendos))劇場は、今も現役で利用されている世界一保存状態の良いローマ劇場である。アンタルヤから40km東、海沿いにある。劇場以外にも水道橋が残されていて、こちらも見事だ。アスペンドスで開催される夏の一大イベント「国際オペラ・バレエ・フェスティバル」は、世界的に有名なイベントだ。

アスペンドスの歴史

アスペンドス劇場/アンタルヤ・トルコ

アスペンドスはペルゲと同じく、パンフィリア国の重要な都市の一つであったそうだ。紀元前5世紀頃、アスペンドス硬貨を鋳造し、世界中に流通させた。経済の中心地として、塩やオリーブオイル、羊毛、馬の貿易も盛んだったようだ。ペルシャ人、アレクサンダー大王、ペルガモン王国、ローマ帝国と支配者が変わり、ローマ帝国時代に最盛期を迎えて住民の数は2万人ほどの大都市に成長。ローマ帝国からセルジューク朝と支配者が変わるにつれて徐々に衰退していき、オスマン帝国が支配した頃から町は完全に消滅することになったそうだ。

アスペンドス遺跡のハイライト

アスペンドス劇場

なんといっても見逃せないのが、劇場である。オスマン帝国時代に修復された劇場は、世界で最も保存状態が良いとされている。同様に水道橋もまた、世界の水道橋の中でもっとも保存状態が良いとされている。水源は、町の北にある二つの山々にあるらしい。

アスペンドス水道橋

他にも、スタジアム、アゴラ、大聖堂、門など、見どころが多いアスペンドスは、訪れる価値がある遺跡だ。

国際アスペンドス・オペラ・バレエ・フェスティバル

国際アスペンドス・オペラ・バレエ・フェスティバル公式サイト

※2019年は9/1~18日までの開催だった。世界中で人気のイベントなので、チケットとホテルはお早めにご予約を。トルコ文化観光省の公式サイトまたはアンタルヤ観光局公式サイトに掲載されるはずなので、要チェックだ。

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トルコ文化観光省公式サイト

www.goturkiye.com

アンタルヤ観光局公式サイト

antalya.com.tr

二つの列柱通りが美しい・シデ

シデ”(Side)の町は、海沿いの小さな半島にある。小さな町なので、港と、港から出ている大通りにお店が集中していて歩きやすい。町に溶け込むシデ遺跡は、驚くほど保存状態がよく、時間があればぜひ立ち寄りたい。

シデ遺跡の歴史

シデの町/アンタルヤ・トルコ

シデという名前はザクロを意味するらしい。紀元前7世紀頃につくられ、奴隷とオリーブオイルの交易で栄えた町とされる。女神アテナやアポロンににささげた神殿や劇場などが残されていて、女神アテナが刻まれた硬貨が見つかっている。

シデの海/アンタルヤ・トルコ

この地域の歴史は、アンタルヤの他都市と同様、ペルシャ、アレキサンダー大王、ペルガモン、ローマ帝国といった支配者が変わっていく。奴隷売買が盛んだったのは、紀元前1世紀頃。海賊の海軍基地となっていた頃のことらしい。奴隷の他にも、オリーブオイルも大いに売買され、最盛期には人口6万人の大都市であった。その後、アラブ人が襲撃。この町に火を放ち、シデの歴史は終わりを迎えた。残された数少ない住民らはアンタルヤに移住したため、シデの町は「旧アンタルヤ」とよばれていた。

シデ遺跡のハイライト

アポロン神殿/シデ・アンタルヤ・トルコ

シデ遺跡の保存状態はとても良いため、見どころは山ほどある。特に、修復を終えたばかりの女神ティケの神殿と、列柱が美しい二つの大通りは必見だ。大通りの両脇には家々と店舗が並んでいたそうで、想像して歩くと楽しいものだ。モニュメント、劇場、アゴラの他、3つの神殿は、アポロ・アテナ・メン(月の神)のためにつくられた神殿も見逃せない。

ティケの神殿/シデ・アンタルヤ・トルコ

劇場/シデ・アンタルヤ・トルコ

シデ遺跡には博物館が併設されている。シデ遺跡で発掘されたものを所蔵・展示していて、小さな博物館ですがこちらも遺跡好きにはおすすめな博物館だ。

シデのレストラン/アンタルヤ・トルコ

ちなみに、遺跡観光の帰りには、シデのリマン通り(Liman Caddesi)でショッピングしたり、港近くのおしゃれなレストランでの食事したり、カフェやスイーツ店でゆったりしたりするのがおすすめだ。

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標高1000メートルにある古代遺跡・テルメッソス

テルメッソス(Termessos)遺跡は、国立公園内にあって、世界遺産にも申請されている遺跡の一つだ。あのアレキサンダー大王が落とせなかった2都市のうちの1つでもある、偉大なる町・テルメッソス。

テルメッソスの歴史

創始者の家/テルメッソス・アンタルヤ・トルコ

テルメッソスがあるのは、標高1,000メートルの山の中。現代でいうならギュルルュック山国立公園(Güllük Dağı Milli Parkı)に含ま、松林に囲まれたこの地は、希少な動植物の宝庫らしい。この緑豊かな山間で遺跡が発見されたのは、わりと最近のことで、19世紀末にポーランド人研究家によって発見された。

神殿/テルメッソス・アンタルヤ・トルコ

テルメッソスは地元の部族によって建設された町で、アレキサンダー大王が落とせなかった2都市のうちの1都市として名をはせることになる。ホメロス著の叙事詩イーリアスにお登場する。峡谷と山の斜面に囲まれたテルメッソスは難攻不落であり、ローマ帝国の属国とはならず、独立した国であったとされている。それではどうやって歴史を終えたのか、疑問になる。戦いによる衰退ではなく、古代に起きた大地震が原因とされていて、5世紀頃には完全に消え去ってしまったらしい。

テルメッス遺跡のハイライト

入口の門/テルメッソス・アンタルヤ・トルコ

遺跡の建物はほとんどが地震の影響で崩れてしまったが、いくつかは保存状態が良いものもある。麓から24kmほど山道を登り、駐車場を降りてから遺跡までの急な坂道を登って行くと、イオニア神殿、城壁、列柱通り、劇場や神殿などが出迎えてくれる。中でも、劇場は見所の一つだろう。この遺跡からは、アンタルヤ湾を臨むパノラマビューを楽しめる。

劇場/テルメッソス・アンタルヤ・トルコ

今もなお調査は続けられていて、最近では石のかけら等から、一部の建物内部は、モザイクで美しく彩られた壁であったということもわかっているそうだ。

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最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※この記事は、トルコのとりこ(2019/9/12)をリライトしたものです。

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