世界で2番目に長い城壁!世界遺産の街ディヤルバクルとは?

公開日 2021年10月5日 最終更新日 2021年10月13日

ディヤルバクル(Diyarbakır)は、三重の壁に囲まれた5000年の歴史を持つ町で、トルコの広いアナトリア大地の東南、シリアとの国境に近い場所にありる。アルメニア王国→ローマ帝国→アラブ人支配→オスマントルコ帝国へと支配者がかわっていき、街の名前もアミダ→アーミド→ディヤルバクルと目まぐるしく変化。長い歴史の中で、26もの文明を生み出してきたとされる。住人はアッシリア人やアルメニア人中心からクルド人中心の街へとかわり、クルド人の街として最大の都市となった。2015年、「ディヤルバクル城塞とヘウセル庭園の文化的景観」としてユネスコ世界遺産リストに登録された。メソポタミア文化の色濃いその魅力とは?

ディヤルバクルの治安

ディヤルバクル治安情報

ディヤルバクル治安情報(2021年10月現在)レベル3「渡航中止勧告」が外務省から発出中。

いつも危険なディヤルバクル

ディヤルバクルは、トルコ最大のクルド人居住都市だ。クルド人にとって、トルコから分離独立して建国することは以前から念願のことであり、一部の人々はテロ組織となって暴力で推し進める動きが続いている。そのため、いつもいつもディヤルバクル県はレベル3以上の渡航中止勧告が出たままである。メソピタミア文明が大好きな私個人としては、魅力的なスポットが山ほどあるディヤルバクルへ行くことができないのが残念で仕方がない。

ディヤルバクル/トルコ

2000年、PKKクルド労働党は武力闘争の停止を宣言。その2年後、トルコ政府も非常事態宣言を解除している。ルコ文化観光省は、シャンルウルファのギョベクリテペの観光客が急増していることに伴い、シャンルウルファのほか、ディヤルバクル・ガズィアンテップ・マルディンの南東アナトリア4都市を、観光の重要な拠点として推し進めていくと宣言した。実際、ギョベクリ・テペのあるシャンルウルファは全然危なくない。が、ディヤルバクルはこの先、完全なる和睦が確認できるまで、レベル3解除は難しいだろう。日本人にはなかなか理解が難しい民族間紛争だが、観光客が安全に旅できるようになるよう、祈りたい‥‥祈るしかない。

ディヤルバクルとは?

ディヤルバクルがあるのはココ

東南アナトリア地図

ディヤルバクルがあるのは、トルコ東南部。東南アナトリア地方でガズィアンテップやシャンルウルファに並び大きな街で、およそ200万人近くの人が住んでいる。ディヤルバクルとその周辺にはクルド人居住区となっていて、クルディスタンという国がもし世界的に認められていたのなら、ディヤルバクルが首都となるとみられていた。

アミダとよばれた町

城塞とディヤルバクルの街並み/トルコ

ディヤルバクルの歴史は石器時代にまでさかのぼるらしい。『天は赤い河のほとり』にも登場してくるミタンニ王国が支配する町であった。その後アミダとしてローマ帝国の重要な都市となる。その後、アラブ人支配を経てオスマン帝国へと支配者がかわっていき、街の名前もアミダ→アーミド→バクル→ディヤルバクルと目まぐるしく変化。長い歴史の中で、26もの文明を生み出すことになった。住人はアルメニア人中心からクルド人中心の街へとかわり、シリア正教会やアルメニア正教会であった建物は、モスクへと変わった。この街を「ディヤルバクル」と名付けたのは、トルコ建国の父・アタテュルクだ。

ディヤルバクル中心部/トルコ

ディヤルバクルは、一時期、クルディスタンという国を建国し独立しようとしていた。実際には確か、独立寸前までいったのだが、トルコと他国が認めなかったと記憶している。元々、テュルク民族がこの地を獲得したわけであり、トルコとしては、自分たちが戦って得た土地を削って他民族へ渡すというのは許すまじき事であり、必然的に長い間テロと内戦の舞台となっているディヤルバクル。

アタテュルク・ダム/アドゥヤマン・トルコ

トルコ政府はGAP(南東アナトリアプロジェクト)と名付けて、ディヤルバクル・ガズィアンテップ・マルディンエリアの変革に力を入れてきたようで、ユーフラテス川上流のダム建設もそれにあたる。近年は観光に力を入れ始め、古い集落や建物が取り壊されて、開発され綺麗に整えられ始めているらしい。これについてはいいのか悪いのかわからないが、ディヤルバクルらしい風景が残っていてほしいなぁと個人的には思う。

世界遺産!ディヤルバクル城壁とヘウセル庭園

ディヤルバクル城の城壁とヘウセル庭園/トルコ

ユネスコ世界遺産として登録されたディヤルバクル城壁とヘウセル庭園(Diyarbakır Kalesi ve Hevsel Bahçeleri)は、ディヤルバクル観光のハイライトである。

世界第二位!ディヤルバクルの城壁

ディヤルバクルの城壁/トルコ

古都アミダを取り囲んで守ってきたのは、三重の壁。それらは玄武岩を積み重ねて作られていて、5.5kmにも及ぶらしい。その長さは、万里の長城には届かぬものの、世界第二位の長さを誇るものだ。16ヶ所の見張り台(やぐら)と5ヶ所の門がある。中世軍事建築の傑作なのだそう。

ヘウセル庭園

ヘウセル庭園/ディヤルバクル・トルコ

ヘウセル庭園は、ディヤルバクルの町とティグリス川の間にある緑豊かなエリアで、民衆に水と農産物とを与えるために造られたガーデンだ。ガーデンというか農地というか。バラやポプラなどの花のほか、キャベツトマトなどの野菜類、ナッツ類、ブドウなどの果物など、豊富な種類の農産物が育てられている。紀元前9世紀頃にはその存在が確認されているらしい。蛇行するティグリス川の恵みをふんだんに受ける肥沃な地は、いつの時代も緑に覆われてきた。700万ヘクタールという広大なガーデンには、今もぶどうやバラといった植物類のほか、貴重な野生動物や野鳥が多く住んでいる。

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ディジュレ橋

ディジュレ橋/ディヤルバクル・トルコ

ディヤルバクルは、ティグリス川の上流にある街だ。トルコ語でティグリス川は、ディジェレ・ネフリ(Dicle Nehri)という。ディヤルバクル県の北にある山岳部から、ペルシャ湾までを潤す偉大なる川はトルコから始まっているのだ。もう一つのユーフラテス川もトルコから始まっているらしい。そのティグリス川にかかる橋は数多くあるが、観光地として有名なのは、街の南側にある、ディジュレ橋(Dicle Köprü/Ongözlü Köprü:オンギョズリュ橋ともいわれる)で、1065年に建てられたものらしい。

ディジュレ橋/ディヤルバクル・トルコ

ディジュレ橋/ディヤルバクル・トルコ

このディジュレ橋から見るディヤルバクルの城壁と庭園が美しいことで有名で、フォトスポットとなっている。このようなところで飲むチャイは、最高に美味しいだろう。

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ディヤルバクル・ウル・ジャーミィ

ディヤルバクル・ウル・ジャーミィ/トルコ

セルジューク朝トルコのスルタン、メリック・シャーによって建設された、ウル・ジャーミィ(Ulu Camii)は、ビザンチン建築とそれ以前の建築様式をまぜて造られている。ウル・ジャーミィは日本語でグランド・モスクの意味があり、その町ごとに特色のあるモスクとなっている。ディヤルバクルのグランド・モスクは、玄武岩で作られていて、とてもエキゾチック。

ディヤルバクル・ウル・ジャーミィ/トルコ

写真では確認できませんが、内部にあるミフラブ(メッカの方向を示すくぼみ)もまた、地元産の黒い玄武岩でできている。イスタンブールなどにあるミマール・シナン設計の美しいモスクも素晴らしいのだが、南東エリアにあるこういった玄武岩モスクも本当に本当に美しい。

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ジャーヒット・ストゥク・タランジュ博物館

ジャーヒット・ストゥク・タランジュ博物館/ディヤルバクル・トルコ

作家のジャーヒット・ストゥク・タランジュ邸(CahitSıtkıTarancı)は、トルコ建築の初期の貴重な建物であり、現在はカフェが併設されている博物館(Cahit Sıtkı Tarancı Müzesi)として開かれている。玄武岩で築かれた建築も見事だが、内部では当時の暮らしの様子が復元されていて、それもまた見逃せない。

ジャーヒット・ストゥク・タランジュ博物館/ディヤルバクル・トルコ

ディヤルバクルは、トルコで一番暑い地域で、夏は50℃近くになることがある。日本のように湿気が少ないとはいえ、陽射しが痛くて、日焼け止めを塗っていても一瞬で焼けてしまう。玄武岩で造られた家の素晴らしいところは、夏涼しく冬温かく過ごせるところだ。見た目だけでなく、機能的にも酷暑となるこのエリアの特徴的な建築物なのだ。同じく玄武岩で造られた建築として、アタテュルク邸もある。建築がお好きな方にはおすすめだ。

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2つのキャラバン・サライ

デリルレル・ハン

デリルレル・ハン/ディヤルバクル・トルコ

トルコには、多くのキャラバンサライ(トルコ語:Han/ハン)が残されていて、ディヤルバクルにも複数のキャラバンサライがある。1527 年に建てられたマルディン門近くのデリルレル・ハン(Deliller Han)は、ホテルとして利用されている。隊商がディヤルバクルに立ち寄って宿泊した頃の雰囲気を再現されているので、ぜひ泊まってみたいところだ。

ビジネスホテル・ディヤルバクル公式サイト

www.svbusinesshotel.com

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ハサン・パシャ・ハン

ハサン・パシャ・ハン/ディヤルバクル・トルコ

もう1つのキャラバンサライであるハサン・パシャ・ハンは、デリルレル・ハンがあるゲズィ通りを北に進んだ場所にある。こちらは1572年から3年の月日をかけて玄武岩を使って建築されたもので、今もたくさんの人々が利用するカフェやレストランが集まっていて、賑わう場所だ。

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ティグリスの恵みをふんだんに

城壁とスイカ/ディヤルバクル・トルコ

ディヤルバクル市のすぐ東側には、ティグリス川が流れていて、少し離れた西側にはユーフラテス川も流れている。水と大地に恵まれた肥沃な大地で育つ農産物は当然おいしいものだ。トルコでは夏にスイカをよく食べるのだが、ディヤルバクルはスイカの生産地として知られている。

シシ・ケバブ/ディヤルバクル・トルコ

暑い夏を乗り切るため、辛い肉類や甘いデザートを食べるのもディヤルバクルの特徴なのかもしれない。民族間の争いがなくなって、一日もはやくこの地域の安全レベルがあがってくれることを祈るばかりだ。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※この記事は、トルコのとりこ(2019/7/30)をリライトしたものです。

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