ヒッタイト帝国を知るための、4つの遺跡とは?

公開日 2021年9月24日 最終更新日 2021年10月5日

私も大好きな篠原千絵さんのマンガ『天は赤い河のほとり』、細川ふーみんさんの『王家の紋章』。そのどちらにも、エジプトと敵対する大国として登場してくる、古代ヒッタイト帝国。紀元前1680年ごろ建国され、栄華を極めたにも関わらず、突如として姿を消した大国の謎は、いまだに解明されていない。憧れのヒッタイト帝国を求めて、その歴史を辿れる遺跡をご紹介したい。

ハットゥシャ遺跡

ハットゥシャ遺跡/チョルム・トルコ

チョルム県のボアズカレ(Boğazkale)には、ヒッタイト帝国の首都だったハットゥシャ遺跡(Hattuşas)が残されている。アッシリアの植民地から脱却をしたハッティ族が建国したヒッタイト王国の遺跡だ。紀元前14~13世紀頃には、ハットウシャ遺跡の周囲には、周囲6キロの城壁が築かれていた。後に、さらに城壁が築かれ、ハットゥシャは二重の壁に守られていた城塞都市だったとされている。その城壁で最も重要とされるのは、外側に獅子の彫刻が描かれた南西部のライオン門と、内面に武装の神が描かれた王門だ。

復元されたヒッタイト時代の城壁/チョルム・トルコ

ヒッタイトの城壁は写真のように再現されている。落とすことが難しいとされていたヒッタイトだが、滅んだ原因は地震なのか、はたまた火事なのか、または宇宙人にさらわれたのでは??といった都市伝説的なウワサも聞こえてくる。真相が明らかになる日が来ると良いですね。

アナトリア文明博物館/アンカラ・トルコ

ハットゥシャ遺跡で見ることができる発掘物は、紀元前13世紀ごろのもののようだ。発掘物は各地の博物館に展示されているのだが、特にアンカラにあるアナトリア文明博物館には展示が多く、別名ヒッタイト博物館とされている。

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ヤズルカヤ遺跡

ヤズルカヤ遺跡/チョルム・トルコ

ヤズルカヤ(Yazılıkaya)遺跡は、ハットゥシャ遺跡近くにある神殿跡で、ヒッタイト帝国での聖地として神事が行われていた場所だ。紀元前16世紀頃、屋根がないこの場所で、新年のお祝いや宗教的行事が行われていた。壁に彫られたレリーフが素晴らしく、もっとも重要なヒッタイト帝国の芸術作品の一つとされている。女神イシュタルや、嵐の神テシュプなどが描かれている。4000年以上も前のレリーフは、どれも素晴らしく、保存状態の良さに驚かされるばかりだ。

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アラジャホユック遺跡

アラジャホユック遺跡/チョルム・トルコ

アラジャホユック遺跡(Alacahöyük)は、ハットゥシャ遺跡の北50kmほどにある。ハッティ族の古くからの居住地とされていて、ハットゥシャ遺跡よりも歴史は古く、4500万年前までさかのぼるとされる。青銅器時代からヒッタイト時代にかけての多くの遺跡と発掘物が発見されていて、それらはアラジャホユック博物館で見ることができる。年間5万人が訪れる重要な遺跡なのだ。ヘレニズム、ローマ、ビザンチン、セルジュクオスマン時代の遺跡も重なって見つかっていて、長い間この地が人々に愛された地であったことがよくわかる。

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サピヌワ遺跡

サピヌワ遺跡/チョルム・トルコ

サピヌワ(Sapinuwa)遺跡は、チョルム県のオルタキョイにある遺跡だ。青銅器時代 、ヒッタイトの宗教的・行政的中心地の一つであり、軍事基地であり、王の住まいでもあったという、重要な場所だった

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アクセスはなかなか困難

女性一人旅のイメージ

貴重な遺跡ばかりですが、どの遺跡もアクセスが少し‥だいぶ不便で、タクシーで交渉してまわるか、現地発着のあればツアーに参加するのが良さそう。ハットゥシャ遺跡に行くツアーは、日本発着ツアーにもある。現地旅行会社が企画しているツアーで良いものがあれば、こちらのページで紹介したい。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※この記事は、トルコのとりこ(2019/7/27)をリライトしたものです。

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