イスラム建築の最高峰・トルコ世界遺産ディヴリーイの大モスクと病院

公開日 2021年8月8日 最終更新日 2021年9月18日

1985年にイスタンブール歴史地区が初めてユネスコ世界遺産に登録されたのだが、カッパドキアと、そしてこのディヴリーイの大モスクと病院(Divriği Ulu Camii ve Darüşşifası)も同年に登録されている。こんなに早くに登録されているにも関わらず、世界的に有名なイスタンブールとカッパドキアの陰にすっかり隠れてしまっているディヴリーイ。ご存知ない方も多いはず。トルコにはトロイ、ベルガマ、エフェス、アフロディシアスなど名立たる多くの遺跡があるのに、それらを出し抜いて、いち早くここディヴリーイが世界遺産登録された理由とは?

注意大モスクは大規模な修復の真っ最中であり、土日のみオープンしているとの情報がある。訪れる際には、公式サイトにて一度確認を。(2018年11月時点)

歴史と建築の時代背景

ディヴリーイの大モスクと病院

ディヴリーイの大モスクと病院は、建築物としても大変に素晴らしいのだが、歴史的にみても貴重なものである。あのオスマン帝国は、オスマン1世が開祖だが、このディヴリーイの建築を指示したアフメッド・シャーは、オスマン1世の祖父にあたる人物だ。

スレイマン・シャーが部族長のとき、おそらくモンゴル帝国の征西を避けてアナトリアに入った。スレイマン・シャーはそこで死に、部族の一部はホラーサーンに帰ったが、スレイマン・シャーの子の一人エルトゥールルは遊牧民400幕を連れてアナトリアに残り、ルーム・セルジューク朝に仕えてアナトリア東北部のソユトの町を中心とする一帯を遊牧地として与えられ、東ローマ帝国に仕えるキリスト教徒と戦った。1280年から1290年の間頃にエルトゥールルは病死し、息子のオスマン(オスマン1世)が後を継ぐ。(オスマン家/Wikipediaより引用)

さらに、

グレートモスクは、スレイマン・シャーの息子であるアフメット・シャーによって建てられました。(ディヴリーイ公式サイトより引用)

つまり、

スレイマン・シャー ⇒ アフメット・シャー(大モスクと病院を建築) ⇒ エルトゥールル ⇒ オスマン1世(オスマン帝国開祖)

となり、ルーム・セルジューク朝時代に、後のオスマン帝国皇帝の先祖らが建てたものである。

大モスク

エントランス

ディヴリーイの世界遺産は、モスク、病院、お墓と、複合施設で登録された。その中でも一番の見どころとなっているのがこの大モスク(ウル・ジャーミィ/Ulu Camii)だ。1228年から15年の月日をかけて、ヒュッレム・シャー(Hürrem Şah)によって建設され、1243年に完成している。イスラム建築の最高峰とされ、「ディヴリーイの奇跡」「アナトリアのアルハンブラ宮殿」とも称されている。

天国の門

天国の門/ディヴリーイの大モスク

天国の門/ディヴリーイの大モスク

一般の人がモスクへ入る際に利用していたのが、この天国の門だ。大モスクと病院の中で、一番装飾が美しい門である。その名のとおり、天国や楽園を描いている門には、「スレイマン・シャーの息子、アフメット・シャーがこのモスクの建設を命じた」というフレーズが含まれている。

西の門

西の門/ディヴリーイの大モスク

西の門/ディヴリーイの大モスク

レースのように、装飾が細かく美しい西の門は、別名テキスタイルの門とも称される。ルーム・セルジューク朝の紋章である双頭の鷲、イスラム神秘主義の象徴でもあるチューリップなど、見ごたえのある装飾が多数ほどこされている。
ジャーミィには3つの門があり、ここに記した天国の門、西の門のほか、病院側にはシャーの門がある。

内部とミフラブ

モスク内部/ディヴリーイの大モスク

モスクのミフラブ/ディヴリーイの大モスク

石造りのモスク内部は、12の小さなドームがある。ミフラブの両脇にあるトーチにも注目だ。に並ぶ石柱とミナレット(塔)は、1565年にオスマン帝国の皇帝スレイマンの命により、ミマール・シナンが補強したものだという碑文が残っている。この年に、モスクの内部も復元された。

病院

病院への入口・王冠の門/ディヴリーイの病院

音で癒す、世界最古の精神病院とされている。アフメット・シャーの妻であるトゥーラン・メレッキがこの病院を建立させた。

病院内部/ディヴリーイの病院

地下に水脈が通っていて、その水の流れる清らかな音で精神を癒す仕組みを作った。院内は音の反響が美しくなるよう、細やかに設計されている。日本では鎌倉時代、ここではすでに精神病患者へのヒーリング施設が建設されていたのだ。

王冠の門

王冠の門/ディヴリーイの病院

王冠の門/ディヴリーイの病院

病院へと入る門は、王冠の門とよばれる。この門には、ルーム・セルジューク朝の象徴である五芒星と八芒星がデザインされている。

ディヴリーイの大モスクと病院公式サイト

www.divrigiulucamii.com

セルジューク朝の都であった最古の町

ディヴリーイ

今はとても静かな小さな町だが、紀元前1500年頃のディヴリーイはとても栄えた町であった。トルコでは歴史ある最も古い町の一つとされている。

この素晴らしい遺産について、TRT(トルコ国営放送)の子ども向け動画チャンネルで、わかりやすく解説されている。トルコ語のみだが、言葉がわからなくても、アニメなら大まかに把握できるところがいい。

アクセス

シワス市内

ディヴリーイへの拠点となるのは、シワス(Sivas)市だ。ディヴリーイのあるシワス県の県都でもある。シワス市内では、二つのミナレットのモスクが見所である。また、郊外にはカンガル犬で有名なカンガルがある。

電車/レイビュス(Raybüs)

一番簡単なのは、シワスからディヴリーイまで、朝晩の一日2便走る電車でのアクセスだ。レイビュスとよばれ、所要時間は約3時間、料金は15TL。チケットはシワス駅で購入する。
(2021年8月8日時点での情報であり、下記リンク含め変更されることがある)

TCDDのレイビュス公式サイト

tr.railturkey.org

バス/ミニバス(Otobüs/Minibüs)

民間のバス会社が、ミニバスまたはバスを運行している。チケットはオトガル(バスターミナル)にて購入する。

ディヴリーイ・ナザル・ツーリズム

www.divriginazar.com

シワス・ディヴリーイ・オズレム・ツーリズム

sivas-divrigi-ozlem-turizm.business.site

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※この記事は、トルコのとりこ(2018/7/15)をリライトしたものです。

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