世界遺産!古代リュキア最大の町クサントスとレトーン

公開日 2019年8月7日 最終更新日 2021年10月13日

クサントス(Xantos)とレトーン(Letoon)という2つの古代都市は、1988年にユネスコ世界遺産リストに登録された。この2つの都市は、古代リュキア国(リュディア国)の最大の都市で、ヒッタイトの文献などではアリンナという町で登場する。アナトリア半島南西部には、古代都市がいくつかの独立国家があり、それぞれ協定を結びながら存在していたらしい。クサントスとレトーン遺跡の魅力とは?

リュキア王国とは?

レトーン/ムーラ・トルコ

リュキア王国が文献に登場するのは、紀元前2世紀~1世紀頃。ヒッタイト帝国の領土だったものの、ヒッタイト帝国生き残りとして独立国家となる。その後、アケメネス朝ペルシアに支配され、やがてローマ帝国の属州に組み込まれてゆく。この地域には、23もの都市国家があり、リュキア連邦として民主主義政治を行っていた。ビザンチン帝国支配下になってから、連邦としてうまく機能しなくなり、徐々に衰退していくことになる。

岩窟墓/ダルヤン・ムーラ・トルコ

トルコのエーゲ海・地中海界隈にあるムーラとアンタルヤ県辺りには、リュキア連盟が残した古代都市遺跡や岩窟簿が多数残されていて、あちこち遺跡だらけだ。

リュキア最大の都市!クサントス遺跡

クサントス遺跡があるのはココ

地中海・エーゲ海の遺跡とリゾート地

クサントス遺跡があるのが、アンタルヤ県だ。トルコの地域区分でいうなら地中海地方にあたる。

クサントスとは?

クサントス遺跡/アンタルヤ・トルコ

クサントスは、古代リュキア(リュディアともいわれる)で最大の町であった。ギリシャ語でクサントスだが、ヒッタイト帝国時代はアリンナと呼ばれた町だった。アリンナは、ヒッタイト帝国にとって重要な町の一つ。また漫画の話で恐縮だが、『天は赤い河のほとり』にも、アリンナは登場してきて、その後残された子どもたちがヒッタイト帝国を再建したとも書かれている。

クサントス遺跡で見るべきもの

碑文が書かれた石碑/クサントス遺跡・アンタルヤ・トルコ

古代リュキア人が話していたリュキア語は、インド・ヨーロッパ言語に属するそうだ。そのリュキア語を解明するのに重要な碑文が発見された。リュキア人は死者の弔いを重要視していたようだ。岩窟墓などはその一例で、他にもハーピー記念碑(the Monument of Harpy)、パヤバの墓(the Tomb of Payava)、ネレイド記念碑(the Xanthos Nereid Monument)があげられる。この一部は、19世紀に入ってから、イギリスに持ち出されて復元されているそうだ。

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宗教的中心都市!レトーン遺跡

古代都市リュキアと、その後に誕生したリュキア連邦において聖地とされていたのが、ここレトーンである。紀元前3~4世紀頃に刻まれた碑文が一番の見どころで、リキア語・ギリシャ語・アラム語の3か国語で書かれている。どちらかといえば、クサントスよりもレトーンの方が見所が多い。

レトの神殿/レトーン・ムーラ・トルコ

ギリシャの女神レトと2人の息子に捧げられた神殿と、噴水、教会が見所となっている。注目すべきは、レトーンにある3つの神殿:レト・アルテミス・アポロのための神殿だ。そのうち、アルテミス神殿の一部は川の下に沈んでしまったため、小さい神殿に感じる。時代とともに水位が上昇してしまったため、なのだそうだ。レトはゼウスの子・アルテミスとアポロを授かるものの、ゼウスの妻である女神・ヘラの怒りをかい、リュキアに逃れてきたとされる。リュキアの人々はレトを受け入れず、怒ったレトはリュキアの人々をカエルに変えてしまったという言い伝えがあるらしい。ギリシャの神々はなぜそんなに感情の起伏が激しいのだろうか…。

アポロ神殿のモザイク/レトーン・ムーラ・トルコ

多くの発掘物は、大英博物館に展示されている。トルコ人にとっては「持ち出された」と言うべきところだろうが、イギリスに持ち出されたお陰で、インド・ヨーロッパ語にリュキア語が属することが判明したわけで、これは世界にとって大きな利だったろう。碑文の多くは、フェティエ博物館が所蔵・展示している。

フェティエ博物館

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レトーン

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アリンナの悲劇の舞台へ行こう

レトーン/ムーラ・トルコ

アリンナの北の平原で、アケメネス朝ペルシアと戦ったものの、アリンナまで撤退したリキュアの戦士たちは、妻子を自らの手で殺して街に火を放ち、自らも火に飛び込んだ。それほどまでに強い戦士だったリキュアの人々は、最強の戦士軍団だったといわれる、ヒッタイト帝国の生き残りとされるのも納得だ。生き残った人々は、度重なる戦いや地震にも負けず、町を再建し続けたそう。重ね重ね、『天は赤い河のほとり』を思い出さずにはいられない。

少しアクセスが不便な遺跡だが、あのアリンナの面影を探しに、クサントス・レトーンを旅の目的地とすることは、とても意義がある旅になるだろう。

アクセス

レトーン/ムーラ・トルコ

地中海・エーゲ海沿岸には遺跡が多いのだが、なにぶんどこもかしこもアクセスがイマイチ整備されていないのが難点だ。ツアーで行くことを想定しているのだろうか。

拠点となるのは、ムーラ県のフェティエだ。カシュというリゾート地が一番近いのだが、そこまで大きな町ではない。フェティエからバスは出ていないようだ。フェティエ市内にある旅行会社で、パタラ遺跡、クサントス遺跡、レトーン遺跡の一日ツアーが販売されていた(はず)ので、それを利用するのが賢明だ。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※この記事は、トルコのとりこ(2019/8/7)をリライトしたものです。

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