アンタルヤ県にある「リュキア連盟」遺跡をご紹介!~その3~

公開日 2021年10月13日 最終更新日 2021年10月15日

アンタルヤ県には、数多くの遺跡と博物館があって、ターコイズコーストのリゾートとあわせて遺跡巡りもできるのが、ここアンタルヤの最大の魅力。遺跡の多くは紀元前7世紀頃から繁栄したリュキア連盟国の小都市で、保存状態が良いものが多い。リュキア連盟は、小さな都市が集まって民主主義の政を行っていた素晴らしい国で、遺跡好きの私としては「こんな有名じゃない遺跡」として見逃すことはできない。その遺跡のすべてを書き連ねるのはちょっと難しいので、主だったものだけを集めてみた。リュキアの古代都市勝手にシリーズ3部作の最終回の今回は、日本のガイドブックにも掲載されているパタラ遺跡と、オリンポス山にある秘密の遺跡をまとめてみた。

パタラ遺跡

カシュからほど近い遺跡であるパタラ(Patara ören yeri)には、タイムズ紙でベストオブビーチに選ばれたことがある実力派ビーチがある。カレッタカレッタとよばれるウミガメの産卵地でもあるリゾート地にあるパタラ遺跡へ。

パタラの歴史

パタラ遺跡/アンタルヤ・トルコ

パタラは、リュキア連盟の重要6都市のうちの一つとされ、壮大なアポロン神殿があったことで知られている。ローマ帝国時代には、総督がパタラで政をとっていて、リュキアの大都市ともよばれるほど繁栄していた重要な海軍基地でもあった。また、サンタクロースとして世界中で知られている聖ニコラウスは、ここパタラ生まれ。その後、ミラで大司教になった。

パタラビーチ/アンタルヤ・トルコ

アラブ人の侵攻によって滅ばされたリュキア連盟の各都市は滅んでしまったのだが、パタラには、侵攻後も人々は住み続けてきたそうで、遺跡は多くありそうなのだが、パタラビーチとその周辺は砂が多い。ちょっとした砂丘のようになっていて、有名なアポロン神殿のほか、多くの遺跡はまだ砂丘の中に埋もれたままになっている。今後の発掘に期待がもてる。

パタラ遺跡のハイライト

議会/パタラ遺跡・アンタルヤ・トルコ

ということで、見所の多くはこれから発掘される予定である。今見ることが出来る中では、半円形のベンチ付きの議会があり、保存状態がよく当時の様子が想像しやすい。

パタラ遺跡/アンタルヤ・トルコ

また、正門とされるアーチ型の門もまた保存状態がとっても良いもの。最近になって、世界最古の灯台とされる建物が発掘されている。

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オリンポス遺跡

オリンポスといえばギリシャだが、ここトルコにもオリンポス(Olympos örenyeri)という名の町があった。後で紹介するファセリスに次いで二番目に大きな港湾都市だったオリンポスは、リュキア連盟の中でも重要都市のひとつであった。3都市分の投票権を持っていたそうだ。

オリンポスの歴史

オリンポスは、ベイダーラル・オリンポス国立公園内のタフタル山にある遺跡だ。タフタル山の別名がオリンポス山であることから名付けられた都市名らしい。紀元前3世紀に設立されたオリンポスは、雷と火山の神とされるヘーパイストス神殿へ訪れる人で賑わいを見せていた。

タフタル山/ケメル・アンタルヤ・トルコ

紀元前1世紀になって、地中海沿岸の町ファセリスとともに、ここオリンポスは海賊に支配されることとなる。奴隷売買などで大荒れになったオリンポスは、その後ローマ帝国の総督であったプブリウスが若きジュリアス・シーザーとともにこの地を奪還。最大の繁栄は、この海賊が滅ぼされた後に安定して住める地となってからのことのようだ。

オリンポス遺跡のハイライト

オリンポスの遺跡は、アンタルヤ郊外の静かな海を楽しむ、洗練されたヴァカンスを過ごせるリゾート地になっている。周辺は、カレッタカレッタとよばれるウミガメの産卵地にもなっていて、透き通った海と透き通った小川が流れている。

オリンポス遺跡/アンタルヤ・トルコ

この小川の両側は、草木が生い茂る場所になっているが、オリンポス遺跡はまさにこの中にあり。現在もなお発掘は継続中なのだが、今の時点での見どころはこの石棺とネクロポリスだ。

オリンポス遺跡/アンタルヤ・トルコ

川沿いには、壁や橋、劇場などが残されていて、これからの発掘に期待したい。

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ファセリス遺跡

オリンポス(タフタル山)の麓の海岸に広がるファセリス遺跡(Phaselis örenyeri)は、オリンポスやタフタル山のケーブルカーとともにまわるのが定番コースのようだ。松並木がうっそうとしたメイン・ストリートが、どこか日光と重なる…そんなファセリスは、ちょっとした穴場遺跡だ。

ファセリスの歴史

ファセリス/アンタルヤ・トルコ

333年頃、アレキサンダー大王がこのファセリスの町に滞在したことが記録されているそうだ。この頃、ファセリスの町は、赤いユリとバラのオイルで有名だったとも記されているようだ。その後、リュキア連盟の一都市となり、海賊の支配下となり、ローマ帝国の属国となる歴史は、他のリュキア連盟都市と同じ運命である。

ファセリス遺跡/アンタルヤ・トルコ

時折、スズメバチ(!?)や地震などに苦しめられながらも、セルジューク朝になるまで人々はこの町に住み続けたそうだ。

ファセリス遺跡のハイライト

ファセリス遺跡/アンタルヤ・トルコ

南北に走る大通りの周囲には、主にローマ帝国とビザンチン帝国時代の遺跡が残されていて、メインストリートの周辺にある石積みに当時の面影を見ることができる。

ファセリス遺跡/アンタルヤ・トルコ

ファセリウス遺跡には、他にもアゴラ、劇場、アクロポリスなどが残されていて、リゾート滞在ついでに観光する欧米の観光客がちらほら来ているようだ。

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※この記事は、トルコのとりこ(2019/10/22)をリライトしたものです。

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