イスタンブールにある冷酷者のジャーミィ?ヤウズ・セリム・ジャーミィ

公開日 2021年10月29日 最終更新日 2021年11月3日

金角湾を見下ろす丘の上に立つ、ヤウズ・セリム・ジャーミィ(Yavuz Selim Camii)は、「世界一美しいモスク」とも称されている。ヤウズとは、冷酷な賢い人といった意味があって、第9代皇帝セリム一世の呼び名でもある。壮麗王ともてはやされた第10代皇帝・スレイマンの父親にあたる人だ。イスタンブール7つの丘の一つにある冷酷者のモスク…、いったいどのようなモスクなのだろうか。

セリム一世のためのモスク

セリム一世/Wikipedia

セリム一世は、壮麗王と称された第10代皇帝・スレイマンの父にあたる。皇子の町とされるアマスヤで育ち、第9代皇帝に即位する。即位には多くの血が流れたらしく、皇太子であった兄を含む兄弟たちをすべて殺して即位したそうだ。オスマン帝国皇統の伝統となる“兄弟殺し”は、ここから始まったとされている。父帝の死も突然死であり、毒殺とみられているため、セリム一世が手にかけたのでは?と囁かれている。

Map of Turkey

それだけ聞くと、おぞましい皇帝に思えるのだが、それには事情と決断があったようだ。黒海の東側にあるトラブゾンの知事であったセリム一世は、コーカサスや中東の情勢が手に入りやすく、不穏な情勢を父である皇帝に報告するも、皇帝も兄弟たちも動かなかった。そんな彼を支援したのは、オスマン軍・イエニチェリ。軍は、父帝でも皇太子でもなく、セリム一世に味方したのだ。

イエニチェリ/Wikipedia

軍という、強い後楯を得たセリム一世は、父帝が跡継ぎにと望んだ皇太子アフメドを含む兄弟全員を殺害。冷酷者と言われる所以はそれだけではない。アナトリアの従わなかった者たちを従わせ、周辺諸国を平定させるため、虐殺も厭わなかったとされる。結果、父から受け継いだ領土は、10年に満たない治世下で3倍にも膨らむこととなった。

画像/Wikipedia

セリム一世の功績は、領土を拡げただけにとどまらない。中東アッパース朝を滅ぼし、メッカを領土とすることに成功。イスラム教最高指導者“カリフ”の称号を手に入れ、ムハンマドの聖遺物をイスタンブールに持ち込んだ。現在でも、その聖遺物はトプカプ宮殿が所蔵・展示している。

セリム一世の棺/ヤウズ・セリム・ジャーミィ

1520年、彼は息子スレイマンに、強くなったイエニチェリと拡大した領土と内部紛争の耐えない政府を残して病死。ファーティフ・ジャーミィで葬儀のあと、ヤウズ・セリム・ジャーミィに葬られたそうだ。それで、『オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~』を見ると、ちょうど父帝崩御の知らせから始まるので繋がりやすい、かもしれない。

ヤウズ・スルタン・セリム橋/イスタンブール・トルコ

2016年、ボスポラス海峡に3番目の橋が開通したのだが、ヤウズ・スルタン・セリム橋と名付けられたことからも、尊敬されている皇帝なのだろう。

モスクと複合施設

ヤウズ・セリム・ジャーミィ/イスタンブール・トルコ

ヤウズ・セリム・ジャーミィには、墓、イマーレット、タブハーネが併設されている。イマーレットとは、救貧院のような場所で、食事や衣服を配ったり、寝泊まりすることができる施設。Tabhane(タブハーネ)は、モスクの右側に併設されている建物で、教育を受けたり、寝泊ができる施設らしい。

ヤウズ・セリム・ジャーミィ/イスタンブール・トルコ

セリム一世の命により建てられたのはモスクのみであったが、後にスレイマン皇帝が複合施設とした。霊廟は全部で4つあり、セリム一世の霊廟、彼の妻でありスレイマン皇帝の母であるハフサ・ハトゥンの霊廟、スレイマン皇帝の子らの霊廟、アブドゥラメジト一世の霊廟が並んでいる。

モスク内部はシンプルに美しく

ヤウズ・セリム・ジャーミィ/イスタンブール・トルコ

内部は、広すぎず複雑ではない設計で、とてもシンプル。壁、ミフラブ、説教壇のすべては大理石で、すっきりしている印象だ。まだシナンが活躍する前に建てられたモスクは、シナンの建てたスレイマニエ・ジャーミィと、シナンより後のブルーモスクを比較するとその違いがよくわかっておもしろい。というより、いかにミマール・シナンが凄腕建築士であったかがよくわかる。

景色の良い丘

ヤウズ・セリム・ジャーミィ/イスタンブール・トルコ

このモスクがあるのは、イスタンブール7つの丘の一つ、ヤウズ・セリムの丘だ。金角湾がよく見える丘として、人気のあるエリアで、家々が隙間なく並んでいるのがわかる。金角湾から見ると、このモスクがよく見える。イマーレットは現在、女子高として利用されている。冷酷者と揶揄されるセリム一世だが、実は、強い精神力でオスマン帝国の基礎を築いた重要人物の一人らしい。彼がいなければ、スレイマン皇帝の安定した治世はなかったのだろうと思う。

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アクセス

トラムヴァイ/イスタンブール

市バスの90系統でチャルシャンバ下車が近いようだが、市バスは路線が多くて、慣れていないと使いづらい。
トラムヴァイ(T5)でフェネル駅で下車すれば徒歩10分で到着する。

 

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※この記事は、トルコのとりこ(2019/12/15)をリライトしたものです。

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