世界遺産ネムルト山から朝日を見よう!

公開日 2021年9月30日 最終更新日 2021年11月28日

紀元前109年~紀元後72年までの間にこの地方を支配していたコンマゲネ王国は地図的に、東西文明のちょうど中間に位置していた。それ故、両国に攻め入られ安い不利な国であったにも関わらず、良い政で一定の繁栄を誇っていたたらしい。メソポタミア地方で最も高い、標高2206mのネムルト山(Nemrut Dağı)に、神殿とともに自身の墓をつくるよう命じた王アンティオコス一世は、後世に自分の名を残したいと、建設を命じた。山頂まで6トンもある石を、一体どのようにして運んだのか、いまだ解明されていない。世界遺産、ネムルト山とは?

コンマゲネ王国とは?

ネムルト・ダー(ネムルト山)/アドゥヤマン・トルコ

ネムルト山に自身の墓と先祖や神々を祭る神殿を建設するように命じたのは、コンマゲネ王国のアンティオコス一世であった。コンマゲネ王国は、アケメネス朝ペルシアの王であるダレイオス一世と、アレクサンダー大王の血統を継ぐとされる、ミトリダテス一世によって建国された。この一帯を支配していたのはほんの2世紀ほどで、初めのうちはうまく付き合えていたローマ帝国との関係もやがては崩れていき、属州となったのち、ローマ帝国に町を破壊されて消滅してしまう。ローマ帝国が徹底的に街を破壊してしまった。

ネムルト山頂へ至る道/アドゥヤマン・トルコ

ネムルト山に神殿建設の命を下したアンティオコス一世の治世は、紀元前62年〜32年頃とされ、この頃が最盛期であったらしい。気になるのは、まだアンティオコス一世の墓が未だ見つかっていないこと。Netflixのドラマ『アティエ』ではネムルト山と王墓が神秘的な場所として登場する。

3つのテラス

ネムルト山の山頂には、北・東・西と、3つのテラスがある。

西側テラス/ネムルト山・アドゥヤマン・トルコ

夕日を見るツアーに申し込んだら、西側テラスを訪れることになるだろう。神殿はないが、保存状態の良いライオンとワシの像に出会える。

北側テラス/ネムルト山アドゥヤマン・トルコ

北側のテラスは石板があるだけで、少し寂しい感じ。ツアーでは、ぐるっとまわる時間はある(はず)なので、体力に余裕があれば訪れたい。

東側テラス/ネムルト山・アドゥヤマン・トルコ

ネムルト山のメインは、神殿がある東側テラスだろう。この山の中には王墓があるとされているが、まだ発掘されていない。埋葬品が発掘され、歴史解明がされるとよいのですが。

東側と西側を結ぶ道/ネムルト山・アドゥヤマン・トルコ

東のテラスと西のテラスを結ぶこの道沿いにも、巨頭がゴロゴロ落ちている。

巨石をどう運んだのか?

ネムルト・ダー(ネムルト山)/アドゥヤマン・トルコ

高さ10メートル、重さ6トンもある岩を積み重ねて、神殿と王墓は造られている。当時、どのようにしてこれらの岩を運んだのかは、解明されていないようだ。この巨石は、神殿に並べられていた石像だったが、地震によって倒壊。元々は、神々と王の像は横並びで配置されていた。王の権力の強さが如何様であったかがよくわかる。

サンライズ・ツアーに参加!

ネムルト山から見る夕陽/アドゥヤマン・トル

ネムルト山のツアーがとても人気な理由は、早朝と夕方にネムルト山頂から眼下に広がる雄大な景色にある。ユーフラテス川のダムがオレンジ色に染まる風景は、一生に一度は見ておきたい景色だ。トルコ大使館のPRビデオで、ネムルト山から見る朝日のすばらしさを垣間見ることができる。

多くの人々は、早朝、陽が昇る前にホテルを出発し、ツアーバスでネムルト山へと向かう。ちょうど日の出時刻に到着するよう計算されたツアーなので、晴れていれば、山頂で壮大な朝日を眺めることができる。2000年もの間、巨頭たちが見てきた神聖な朝日を、ぜひとも見ておきたいものだ。

アクセス

ネムルット山にある看板/アドゥヤマン・トルコ

ネムルット山に登るのは、4月~9月までの間がおすすめだ。標高2000メートルを超える山なので、夏であっても一枚は、少し厚手の羽織るものを持っていこう。バスを下車後、テラスまで10分ほどは歩く。キャフタ、または、アドゥヤマンの旅行会社がツアーを催行している。安全性の観点から、アドゥヤマンを拠点にすることをおすすめする。

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※この記事は、トルコのとりこ(2019/7/27)をリライトしたものです。

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