【2021年最新版】トルコの世界遺産19か所を全てご紹介!後編

公開日 2021年11月11日 最終更新日 2021年11月11日

ユネスコ世界遺産リストに掲載されているトルコの遺跡は全部で19カ所ある。今回はその19カ所を年代別に、概要と写真でまとめてみた。後半は、1998年から2018年までの後半10カ所まとめ。
※ユネスコ世界遺産リストの日本語名は、ギョベクリ・テペ遺跡とアルスラン・テペ遺跡以外について、公益社団法人日本ユネスコ協会連盟を参照しています。
※前半はこちら

10. セリミエ・モスクと複合施設群(2011年)

セリミエ・ジャーミィ/エディルネ

セリミエ・ジャーミィがあるのは、ブルガリア・ギリシャ国境にほど近い町・エディルネにある。エディルネは、オスマン帝国の三番目の首都であった。そのエディルネで観光のハイライトとなるのが、セリミエ・ジャーミィだ。セリム二世の勅令により、天才建築士ミマール・シナンが建てた傑作とされている。神学校(イスラーム教の学校)、バザール、時計棟、中庭、図書館などを含む複合施設になっていて、装飾にはイズニックタイルが贅沢に使われている。エディルネにはこの他にも、無形文化遺産でトルコの国技であるオイルレスリング(yağlı güreş:ヤールギュレシ)の大会や、名物料理タワ・ジエル(tava ciğer)と呼ばれる牛レバーのから揚げなどがあって、観光スポットもグルメも豊富にある。

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11. チャタル・ホユックの新石器時代遺跡(2012年)

チャタルホユック遺跡/コンヤ・アンカラ

アナトリアの真ん中にある町コンヤの南には、チャタルホユックの遺跡がある。遺跡は、2つの丘から構成されている。東側の丘からは、紀元前7400~6200年ごろまでの、18層にもわたる新石器時代の住居跡が見つかっていて、農耕により定住するまでの過程の解明に役立つとされている。家屋は、屋根から出入りするようになっていて、家々は密集して建てられており、通りはなかったようだ。これらは、新石器時代の典型的な住居と考えられていて、今も発掘は継続して行われている。

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12. ブルサとジュマルクズック:オスマン帝国発祥の地(2014年)

ジュマールクズク

ブルサは14世紀初頭、オスマン帝国で最初の首都となった。後に、オスマン帝国の伝家の宝刀となる「モスクと複合施設(学校や病院、図書館、ハマム、神学校など)」は、ここから始まったとされる。ドラマやマンガで御馴染みの、慈善寄付(ワクフ)の仕組みを利用して、身分に分け隔てなく利用ができる施設であった。この仕組みを、トルコ語でKülliye(キュッリエ)という。これらの仕組みはトルコ・イスラム文化の特徴といえるだろう。一方で、近隣の村・ジュマールクズックは、オスマン帝国建国当時の面影を残す貴重な村だ。無形文化遺産の人形劇『カラギョズとハジワット』が生まれたのもここブルサだ。それに、ブルサで生まれた数々のトルコ料理は、どれも絶品ともいわれる。

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13. ペルガモンとその重層的な文化的景観(2014年)

ベルガマ遺跡/イズミル・トルコ

聖書にも登場する、アレキサンダー大王の子らによって統治されていたペルガモン(トルコ語:ベルガマ)は、アラブ人に征服されるまで繁栄した都であった。アッパーとローワー2つの町には、当時の先端医療を受けることができ、世界最大の図書館もあった。残念ながら、神殿などの貴重な建築物のほとんどは、ドイツのペルガモン博物館が所有していて、この地で見ることができない。それでも、トンネルがある古代の病院や、ロープウェイで登った丘の上にある急傾斜の古代劇場など、見所は多い。時間があればベルガマ博物館にも立ち寄っておきたい。

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14. ディヤルバクル城塞とエヴセル庭園の文化的景観(2015年)

ディヤルバクル城の城壁とヘウセル庭園/トルコ

ディヤルバクルは、チグリス川沿いにある肥沃な土地に造られた街で、新石器時代・紀元前9000年頃から人々が住んでいたとされ、長い長い歴史を持っている。中心街を取り囲む城壁は、万里の長城に次いで、世界で二番目の長さを誇る。その城壁から外には、緑豊かなヘウセル庭園が広がっている。この庭園の先には、チグリス川が流れていて、肥沃な大地を利用して、民の為に造られた農園になっている。ヘウセル庭園では、今でも野菜や果物やナッツ類などが収穫されている。
※ディヤルバクルは、トルコで最大のクルド人居住区です。情勢が不安定なため、「不要不急の渡航は止めて下さい。」が長年にわたって発出されています。

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15. エフェソス(2015年)

エフェス遺跡/イズミル・トルコ

エフェソスは、ギリシャ・ローマ遺跡の一つで、海が見える丘の上に築かれた大都市であった。図書館や売春宿の広告、劇場、トイレなど、貴重な遺跡の数々を見ることができる。広大なエリアに保存状態のよい建築物が並んでいるため、トルコに多数ある遺跡の中でも、最も人気のある遺跡と言える。売春宿の広告は、『世界ふしぎ発見!』などのメディアでも何度も取り上げられているので、知名度もやや高い…はず。遺跡近郊には、聖母マリアが晩年住んでいたという家もあって、巡礼者が絶えず訪れている。ランチには、セルチュク名物のチョップシシがとてもおすすめ。

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16. アニの古代遺跡(2016年)

アニ大聖堂/アニ遺跡・カルス・トルコ

アニは、アルメニア国境近くにあって、アルメニアのバグラト朝の都として繁栄した町だ。当時は、多数のアルメニア正教会が建設されていて、訪れた人を相当驚かせていたらしい。保存状態はあまり良いとは言えないものの、今もアルメニア正教会群が残されている。アニ観光の拠点となる町・カルスでは、養蜂が盛んで、巣ごと食べられる巣蜜(コムハニー)が名物。加えて、トルコではとろけるチーズとして知られる、カシャルチーズも名産で、こちらも本当においしい。アニの冬は厳冬なので、春雪解け~秋ごろまでが訪れるのに最適だ。

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17. アフロディシアス(2017年)

アフロディシアス遺跡/アイドゥン・トルコ

アイドゥン近郊にあるアフロディシアスは、ギリシャ神話に登場する、愛と美の女神アフロディーテにささげた町。近隣には大理石の採石場があって、アフロディシアスでは彫刻の技術が高まり続けた。やがては美術学校ができるほど、世界中から腕利きの彫刻人が集まり、レベルの高い彫刻品が多数産出されていた。遺跡に残された彫刻や建造物の保存状態の良さに、遺跡好きの人は感激すると思う。広い遺跡内には、競技場、講義堂などがきれいな状態のまま残っている。アフロディシアス博物館には、1世紀頃の彫刻が展示されている。

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18.ギョベクリ・テペ(2018年)

シャンルウルファ博物館/トルコ

ギョベクリ・テペは、1万2000年前の神殿跡とされる遺跡が見つかり、世界中の考古学ファンを驚かせた。今の歴史年表で見ると、1万2000年前は狩猟生活をしていた旧石器時代であり、定住はしていないことになっている。歴史の授業でもそう習っているのだが、この神殿跡が見つかったことで、1万2000年前には、すでに定住していた…つまり旧石器時代というのは謝った歴史ではないか、との専門家の見解が出されたのだ。ギョベクリ・テペの発見は、歴史年表を作り変えるほどの大発見だったのだ。遺跡からは、大きな石柱が何本も見つかっていて、動物モチーフの彫刻を見ることができる。発掘物は、シャンウルファの博物館で見ることができ、現在、世界中から考古学ファン&歴史家が押し寄せている。

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アルスラン・テペ遺跡(2021年)

アルスラン・テペ遺跡/マラティヤ・トルコ

アルスラン・テペとは、トルコ語で「ライオンの丘」という意味だが、この名前はハットゥシャ遺跡にあるライオンの門のような2頭のライオンが丘の上にあったからで、これらはアンカラにあるアナトリア文明博物館が所蔵・展示している。1961年以降、フランスやイタリアの発掘チームが発掘調査を続けてきていて、当初は、ヒッタイト帝国が滅亡した後に繁栄したネオヒッタイト帝国としての遺跡であるとされてきた。ところが、イタリアの発掘チームによって、紀元前4,000年頃の神殿や宮殿跡や絵画、紀元前5,000年頃の住居なども発掘され、世界中から注目される遺跡となった。宮殿としては世界最古になるという。今後の発掘に期待が高まっている。

アルスラン・テペ遺跡公式サイト

www.arslantepe.com

goo.gl

 

 

最後までご覧いただき、ありがとうございます。   ※この記事は、トルコのとりこ(2018/8/28)をリライトしたものです。
   

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